【パレスチナ最後の石鹸工場】存続の危機にあるパレスチナ伝統石鹸を未来につなげたい
【パレスチナ最後の石鹸工場】存続の危機にあるパレスチナ伝統石鹸を未来につなげたい
691 支援者数
¥3,200,936 現在の支援総額
【クラウドファンディング再開】
パレスチナの状況が悪化し、継続した支援が必要なため支援期間を無期限に延長させていただきました。
※次回のリターン品は、12月下旬頃にヤマト運輸にてお届けいたします。(不在の場合は不在票にもとづいて再配達のご依頼を行ってください)
※パレスチナの情勢悪化により石鹸がお届けできなくなった場合、その時点で全額を返金いたします。
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【パレスチナ最後の石鹸工場】存続の危機にあるパレスチナの伝統石鹸救済プロジェクト。戦火はガザ以外にも拡大しており石鹸工場も巻き込まれました。パレスチナに縁を頂いた一人の日本人として、出来得る限りのことをしていきたいと考えプロジェクトを起案いたします。どうか皆様のお力をお貸しください。
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Nablus1611伝統石鹸 使用感レビュー
*Nablus1611伝統石鹸は、過去試験的に約30名の方に使用いただいたことがあります。その方々から寄せられた手書きのレビューから一部を抜粋し記載します。
大人はつっぱらないし、お肌のカサカサ感もでません。泡もとってもしっとり濃厚できもちいいです。
子供もこの泡に大喜びで毎日楽しんでします。
東京新聞に掲載されました。
当プロジェクトが7月4日の東京新聞「戦火のせっけん 助けて」に掲載されました。
日経新聞に掲載されました。
当クラウドファンディングが7月12日日経新聞一面「春秋」に掲載されました。
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「パレスチナで今後も石鹸造りを続けられるかわからない。」相談を受け、緊急でプロジェクトを起案いたしました。
当プロジェクトをご覧いただきありがとうございます。
私は世界のオーガニック(原材料に化学農薬不使用・化成肥料不使用、環境ホルモン不使用、遺伝子組み換え技術不使用)コスメを中心に取り扱う輸入貿易会社、YOURORGANICS合同会社のふじわらと申します。2024年4月28日日曜日、パレスチナの石鹸工場側より戦火に巻き込まれた旨を伝えられました。
状況は深刻で、石鹸造りを続ける見通しが立たない状況。
関ヶ原の戦いの11年後にあたる1611年に創業したこの石鹸工場は、パレスチナに残る2つの最後の石鹸工場の一つで、世界向けて販売する唯一の石鹸工場。
この石鹸工場は少し特別で、彼らの工場が閉鎖されることは、事実上パレスチナの石鹸造りの歴史が途絶えることと同義です。 -
ガザでの戦火の広がりとともに、会社としても、個人としても微力ながら支援を続けていましたが、今回彼らにおきた悲劇的な現状を知り、中途半端な支援に終始していたことを痛感しました。
皆様のお力を貸していただきたく、プロジェクトを起案するに至ります。
心苦しい内容が多くなりますが、今起きている現状を合わせてお伝えいたします。どうか最後までご覧いただけますと幸甚です。
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ヨルダン川西岸地区、Nablus地方に訪れた戦火
パレスチナ工場を取り巻く状況は、ただただ言葉を失うものでした。
現在の戦火は既にガザだけではなくパレスチナ全土へと広がり、子供と女性を中心に、多くの市民に犠牲が出ています。 -
石鹸の原材料であるオリーブ農場も戦場となり、昨年度オリーブの実は殆どの木が実らなかったそうです。そして2024年4月15日。石鹸工場を経営する一族の中から犠牲者が出ました。
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*注:写真の男の子は別の被害者。彼らの親戚の子ではありません。
ガザとは真逆に位置する穏やかな地、ヨルダン川西岸地区のNablus地方。
安住の地のはずでした。
日本語で得られる現地の情報は殆どなく、英語で情報を取得していましたが、語られる現実は悲劇でしかなく、その惨状にただただ絶句しました。
現在では毎日銃声が鳴り響き、毎日一般市民が凶弾の犠牲となっています。
ガザ地区への本格的な軍事攻撃が始まった2023年10月7日以降、同地区に住む117人の子供たちが命を失いました。
衣食住に移動も制限され、石鹸の主原料が採れず、親類の子供を失い、これからのことはわからないと語る言葉によぎったのは火垂るの墓の節子の顔。
返せる言葉を、私は持っていませんでした。 -
日本で発売する「Nablus Soap」製造再開の目途は立たず
Nablusの石鹸は10世紀から現在まで、パレスチナ・西岸地域で作られてきました。しかし政治的な緊張や軍事的な衝突、度重なる戦火により工場の多くが閉鎖されました。
1900年代には数十軒あった工場が、今では二軒しか残っていません。 -
(出典:PASSIA)
その歴史は古く、現存する記録ではこの地域では10世紀頃から石鹸交易が始まりました。
15世紀から16世紀にかけて地中海の隅々の島まで流通。そこから英国のクイーン・エリザベス1世までの道のりを辿りました。 -
エリザベス女王1世はこの石鹸を大絶賛し、その後ヨーロッパ人女性の間に美容成分を多く含んだパレスチナの石鹸が広まっていくのにそう長くはかかりませんでした。
イギリス統治時代(1920年-1949年)、イギリス政府は1934年にロンドン協会でその石鹸の分析を行い、その成分が完全に天然で化学物質無添加であるというお墨付きを与えました。
香港総督を務めたイギリスの政治経済学者・旅行家ジョン・バウリング氏(John Bowring)は、1830年代に、”レヴァント(東部地中海沿岸地方の歴史的な名称)で非常に重要とされている石鹸”と評価しています。
パレスチナに10世紀より伝わる伝統的な手作り石鹸の製法は、石鹸一族Tubeileh(トゥベレ)家に伝わる特別な製法を用いて造られています。
床に敷き詰められた石鹸は石鹸工により成形され、積み上げられた石鹸の美しい幾何学模様は度々世界に伝えられました。
この石鹸を切る石鹸工は、Tubeileh(トゥベレ)と呼ばれます。
彼らこそ、この石鹸工の正式名称の語源となった一族です。 -
現在私たちが日本で販売するNablus Soapは、トゥベレ一族が新たに手掛けた石鹸で、海外先進国向けに新開発したハイグレードモデルのオーガニック石鹸。
Nablus Soapは国際オーガニック認証エコサートを取得し、原材料に化学農薬不使用・化成肥料不使用、環境ホルモン不使用、遺伝子組み換え技術不使用のエビデンスを有する信頼ある認証済み石鹸として、現代に残る世界最古の石鹸の一つとして、世界中で発売されています。 -